日本橋動物病院だより

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医療機器の本領発揮ですよ。 – 犬の肝臓癌の手術 –

今回はかなり細かな内容ですので、読んでいただきながら眠くなるかも知れません。
小型のワンコの手術をしました。

まぶたにできたデキモノを取る手術です。
そのときに手術前検査として、血液検査と胸部のレントゲン検査をしました。そこで、重大な問題が発見されました。肝臓に腫瘍ができています。

この子はとても元気で食欲旺盛ですから、ご家族の方々は、肝臓に何かできているなんて露ほども思っていらっしゃいませんし、僕も検査をして初めてわかったくらいです。

まぶたの手術はそのまま進めることにして、肝臓腫瘍のことも検討しなければなりません。
ご家族の方は、「できるだけのことをしてあげたい。」そう言われました。
すぐに院内でできる超音波検査だけでは、手術計画を立てることが困難でしたのでCT検査を受けてもらいました。CT検査も無麻酔で行うこともありますが、今回は全身麻酔下で行いました。
まぶたの腫瘍の手術のときと同様に、CT検査の後も麻酔後の体調は問題ありませんでした。

イヌの肝臓は、ヒトとは違い、いくつかの部位別れています。

ヒトも手術をするときなどは、便宜上、肝臓全体をS1-8などと区域名をつけて分類し、例えば、S2切除などというようですが、イヌの肝臓はもともと葉と呼ばれるいくつかのパーツから成っています。

今回腫瘍が見つかったのは、イヌとしては外側左葉と呼ばれるところです。おそらくヒトではS2と呼ばれる区域だと思います。ここだけに腫瘍があり、その他はCT検査では問題なしという結果です。

ヒトの原発性肝臓癌の手術を国内で最も多く行なっているところは、日本大学の消化器外科です。以前、そこで著名な消化器外科の教授にヒトの肝臓癌手術の実際を教わったことがあります。早朝から行われるカンファレンスに参加させていただき、病棟の回診、そして手術。1日だけではありましたが、獣医師の僕には初めてのことばかりで、大変に貴重な体験をさせていただきました。
日本大学消化器外科の肝臓癌切除の主な方法(僕が教わった当時にもの)は、まず刃が鈍なハサミのような器具(鉗子)を使って、肝臓を小さく砕きます(挫滅)。そうすると、力加減によりますが、肝臓の細胞は潰れ、中に通っている血管や胆菅などは残ります。その残ったものを糸で括って(結紮)切断する。そういうやり方です。この小さく挫滅して、結紮し切断するという作業を細かく何度も何度も繰り返しながら、最終的には大きな肝臓腫瘍を切除するというものです。イメージとしては、豆腐を半分にするのに、お箸でちょっとずつちょっとずつ切れ目を入れて、最終的に半分にする。そのような方法です。肝臓の中には血管が網の目のように通っており、ときに大きな血管もあります。特にこの大きな血管から出血をすると生命に関わる事態が起こることがあります。

肝臓外科の最も大切なところは、この血管や胆菅をいかに処理するかということです。肝臓の中という見えないところにありますし、傷つけると大変なことが起こります。そこをとても細やかに、迅速に、丁寧に手術をされる日大消化器外科チームは、他を大きく引き離して日本一です。

他の施設や大学病院と大きく異なるところがあります。

それは、他では血管をシールするデバイスを使って手術を行うところ、日大消化器外科では、ほとんどをデバイスを使わずに手作業だけで行うことです。安全と確実性ということを考えると、この方法になるのだと思いますが、1回の手術で結紮する血管や胆管の総数は、200から300と言われていましたから、どれだけ丁寧に手術をされているかがわかります。

イヌの肝臓は、日大消化器外科チームが用いる特別な鉗子(高山鉗子)では、慣れないと血管まで切断することがありますので、今回は超音波乳化吸引装置を使って肝細胞を吸引し、残った血管や胆管を結紮したり、小さいものは電気メスやバイポーラで処理しました。

肝臓にお腹の中の大網が癒着していましたから、そこは超音波メスやバイポーラで止血しながら切断し、胆嚢からの出血はスプレー凝固装置のある電気メスで止血をしたりして、大部分は超音波乳化吸引装置を用いて血管や胆管のみにして(骨格化)から結紮し切断しました。

肝臓は胸とお腹の境界である横隔膜に張り付くようにありますので、お腹の真ん中から縦に直線的に切開しても、手術をするに十分な視野が確保できません。そこで、縦だけではなく、少しだけ横にも切開します。
肝臓腫瘍癌の切除で行う皮膚切開は、ヒトでは切開線の形からJ字切開というらしいですが、今回このワンコでは正中切開と左傍肋骨切開を組み合わせて開腹しました。お腹の真ん中を切開し、その後で左側の最後肋骨に沿ってさらに切開を行います。CT画像で確認した肝臓の脈管系を頭に入れつつ、まずは肝臓腫瘍が癒着している胆嚢を腫瘍から剥がします。胆嚢の壁は薄くて脆弱で、かつ出血しやすいですので慎重に行います。わずかに胆嚢と肝臓の間から出血が見られましたので、バイポーラで止血しつつ、癒着した肝臓腫瘍を胆嚢から完全に剥離しました。

外側左葉の門脈と冠動脈を結紮、離断し、肝静脈を別に結紮、離断してほぼ終了です。
中心的な血管系が結紮できていますので、細かな脈管は超音波メスで1滴の出血もないようにシールしながら切断しました。

このワンコの飼い主さんは、僕がいつもお世話になっている先輩獣医師のお友達のようです。
その先輩獣医師は、僕が参加している勉強会に入っていらっしゃって、とても親切な先生です。
この先生からお電話がありました。
「今度の肝臓腫瘍の手術、よろしくお願いしますね。」

その数日後に、いつもの勉強会でお会いしたときに、あんな電話してごめんなさいね、とまた丁寧にご挨拶をいただき、僕の方が申し訳なくなりました。

何はともあれ、無事に終わって何よりでした。
特に脈管系を結紮するときは、息ができません。
呼吸を止めてから、突然の出血に備えながら手を動かします。
終わるごとに、ふーと、息を吐き、そしてまた次です。

元気に退院し、病理検査の結果も、完治と言えるものでした。
飼い主さんには大きな決断をしてもらいました。こちらも懸命でした。
しかし今回は、電気メス、超音波乳化吸引装置、バイポーラ、超音波メス、と、色々なデバイスにとても助けられました。

ワンコがとても元気でとっても旺盛な食欲を見ると、僕たちも本当に元気になれます。