信条は、構えすぎない、いつもどおり – 犬のTPLO –
梅雨ですね。よく雨が降ります。それだけではなく、暑かったり、ちょっと寒かったり。体調管理が難しい季節の変わり目ですね。
後ろ足の片方を着けずに、3本足で歩くようになったワンコが来院しました。散歩中に、公園のベンチほどの高さから飛び降りたときに、キャンといったとのことです。それから足を上げたまま歩くようになりました。中年齢の小型のワンコです。
驚いた飼い主さんから、すぐにお電話をいただきました。骨折していないか?そう心配されていましたが、診察をすると膝にある靭帯を傷めていることがわかりました。
犬の膝にある靭帯、前十字靭帯が損傷をしたり、切れてしまったりすることがあります。前十字靭帯の損傷と言ったり、断裂と言ったりする、いわゆる怪我にあたるものです。怪我といっても、一つのできごとだけで切れてしまうのではありません。ある程度、長年にわたって靭帯にかかってきた大きな力によって、靭帯が傷んでいき、その最終形として切れてしまいます。つまりは、切れる直前には、靭帯は相当に傷んでいるということです。この傷んでいる様子を変性といいます。
治療方法は、通常は外科手術です。前十字靭帯の損傷に対して行われる手術にTPLOと呼ばれる方法があります。手術後の成績が良いもの、つまりは、手術の早い段階で足を使えるようになる方法です。
私が獣医師になった頃、小型犬の前十字靭帯の損傷については、保存療法もアリとされていました。保存療法とは、基本的に何もせずに放置するわけです。確かに、数か月ほどで歩けるようになる犬をみたことがあります。
でも、中型犬よりもおおきな犬は、保存療法ではどうにもなりません。程度によりますが、ほとんどの小型犬も、手術が必要です。自然に治るのを待っても良い子は限られた特別な場合だけです。
TPLOという手術は、それなりに難しいとされています。一般の動物病院では、あまり行われない手術です。ケンケンしている犬を診察したかかりつけの獣医師は、多くの場合、高度な整形外科に対応できる動物病院を紹介することになります。
そうなると、紹介先の動物病院で、保存療法を勧められるはずがありません。かかりつけの動物病院から紹介されて来られているわけですから、すぐに手術をして、早期に治すことが優先されます。
当院では、前十字靭帯の断裂に対して、2018年からTPLOを取り入れています。うちは高度医療の専門ではないので、手術をするのは、日頃かかりつけをして通ってくださっているワンコたちです。ときに、遠くから、お友達の紹介やホームページを御覧になって来られることもあります。
今回のワンコは、ちょっとばかりおてんばさんで、検査結果を待っている間にも、健康な方の足でジャンプを繰り返しています。おおよそ、前十字靭帯を傷めるわんこは、活発な子が多く、それ故に普段から膝に負担がかかってることがほとんど。
手術後は、安静にしなければならない時期があります。しかし、それが難しく、安静にできない子に多いという印象です。
ご家族に、前十字靭帯が切れてしまっていること、手術をするのが最もおすすめであること、手術方法は2通りから選んでいただけますが、TPLOが良いだろうということなど、一通りの説明をしました。
ちなみに、TPLOではない方法とは、関節外法といわれる方法です。TPLOを取り入れていない動物病院では、この関節外法の一択か、専門病院に紹介することになります。
他には、TTAという方法もあり、TPLOと術後成績を比較されることがありましたが、今では関節外法かTPLOという2択が多いようです。
ご家族は、TPLOを選択され、手術の日を予約して一旦ご帰宅されました。
膝を怪我した。手術をして治す。
もし専門病院を紹介された場合は、難しい手術が必要になったと感じられるところでしょう。うちの場合は、いつもの病院で、怪我の治療という感じでいらっしゃるはずです。
私は、これからやる手術は難度の高い手術ですと言う必要を感じません。いつものように、いつもの治療をするだけです。ご家族の心配をできるだけ増やさないように。
構えすぎない、いつもどおりに一つづつ丁寧に。TPLOは、全体としては、いくつかの応用的な手技が必要ですが、ひとつひとつの工程は、シンプルです。
当日は、全身麻酔をして手術をしますので、事前に血液検査や胸のレントゲン検査などを行い、問題のないことを確認しました。
静脈確保という手技で、腕の血管に細いカテーテルを設置し、そこからゆっくりと麻酔前の薬を入れていきます。ワンコはゆっくりと力が抜けて、手術台の上で横になりました。酸素をしっかりと取り込めるように、マスクをしてしばらく待ちます。そして、酸素と麻酔を混ぜたものを吸わせながら、呼吸を補助する気管チューブをのどに挿入。
膝周囲の毛をバリカンで刈り、決まった方法で消毒をして、手術準備は完了です。手術用の手洗いをし、術衣を着て手術を始めました。メスは、無言で自ら取ります。
膝の内側を足首の方向に切開し、小さな出血もひとつずつ止血しながら、まずは前十字靭帯を目視します。当然のように切れていて、ちぎれた靭帯をできるだけ取り除きます。半月板も確認しなければなりません。半月板は、膝にある柔らかい組織です。太ももの骨とスネの骨がこのクッションによってガチガチと当たらずに、しなやかに接触するようになっています。
前十字靭帯が切れていると、この半月板にも亀裂がはいっていることがあります。半月板損傷と言われるものです。これも膝の痛みの元なので、傷んだ半月板は、切り取る必要があります。
前十字靭帯や半月板がある膝関節は、透明でややトロっとした関節液で満たされていて、血液は流れ込んできません。血流がないことで、膝関節は感染にとても弱く、切開したら、できるだけ早くに縫って閉じることが求められます。
関節を縫合してからがTPLOの本番です。
膝からスネ側に切開したところには、いくつかの筋肉があり、これらを決まった方法ではがしていくと、脛骨が露出します。TPLOの細かな方法は、私の言葉だけでは説明が難しく、図解が必要です。ということで、割愛します。
その脛骨を特殊なノコで切断し、術前に計測していたとおりに矯正することがTPLOの目的です。切断し、矯正したところに、金属のプレートを当てます。このプレートは、手術前に細かく計算し、今回のような小型犬では1mmのズレもないように実際の骨に固定しなければなりません。そのために、必要なことは、手術前の計画どおりに骨を切ることです。
僕はかなりの臆病者なので、骨にプレートを仮に当ててみて、カットラインを確認する操作を何度も繰り返してからノコを動かし始めます。骨に対して、ノコを当てる角度も重要です。この角度を維持しながら骨切りをしなければなりません。簡単そうで、僕にとっては結構大変な作業です。
チュイーンと、一発で切ってしまう先生もいますが、僕は慎重にちょっと切っては確認し、またちょっと切っては確認し、これを繰り返しながら骨を切り進めて行きます。切るのは脛骨です。いわゆるスネの骨。この骨切りで特に注意が必要なことがあります。大きな動脈を傷つけないようにノコを動かすことです。
膝の裏に、大きな動脈が2本あります。この動脈を実際に見ることはできません。ここにあるはず、と、解剖学的な位置をイメージしながらノコを使います。実際には、動脈を傷つけることは、ほとんどありません。が、TPLOをやっていて、一度も動脈を傷つけたことがない獣医師はいないのではないでしょうか。
もし、動脈を傷つけるとどうなるか。見えないところから、大量出血が起こります。まるで湧水がとめどなく溢れ出てくるように。
最終的に、この出血は問題なく解決するのですが、溢れる血液は、獣医師の息の根を止めるほどの衝撃力を持っています。
外科医にとって、不測の出血ほどイヤなことはありません。特に、すぐに止血できない出血は絶対に避けたいものです。すぐに止血できないのは、どこから出血しているかがわかりにくいからで、こうなったら広く圧迫して治るのを待つしかありません。
大先輩の獣医師複数名に、こうなった場合の対処法を聞いたことがあります。圧迫して、血が止まるまで待つしかない。それが答えでした。幸いにも、僕にとっての第1回目を除いては、動脈を傷つけることはありません。最後まで正気を保って手術を進めることができています。
TPLOは、この骨切りが正確にできれば、ほぼ終了です。基本に即した術前計画で、どのようなラインで、どのような角度で切るかを決定しておかなければなりません。そのとおりに切れたら、そして上でお話した出血がなければ、あとは自身のメンタルを傷めることなく最後まで突き進めることができます。
それだけ骨切りが大切なんですね。
TPLOで使うプレートやスクリューは、ロッキングシステムというものを使います。このシステムの操作も、骨折治療をしている獣医師であれば基本手技です。
このわんこも、特別に気になることなく、全工程が順調に終わりました。このような整形外科手術の評価は、まずは術後レントゲンで確認します。そして、問題なしと言えるところまで経過観察をして終了です。
うちは、かかりつけの動物病院。いわゆる一次診療施設です。ご家族の方に、気持ちの上でご負担をかけないようにしたい。こちらも、構えすぎない、いつもどおり。足を痛めたから治療する。今日も平常運行です。