朝んぽは朝日に向かって – 犬の脾臓腫瘍 –
朝日が低いところから差していて、眩しそうな顔で歩く飼い主さんとワンコとすれ違いました。公園に向かう途中のようです。初冬の早朝に、軽快な足取りをみて嬉しくなりました。
このワンコは、数か月ほど前の健康診断で脾臓に異常が見つかった子です。
脾臓に異常が見つかったので、さらに詳しく調べてから手術をしました。手術からは2-3か月ほど経ちます。楽しそうに散歩をしているところに遭遇して安心しました。
犬や猫の健康診断は毎年希望される方が多く、こちらからもお勧めしています。1年に1回、あるいは、年齢によっては半年に1回くらい受けられることが多いですね。この子は、中年期になったのと、数年前の健康診断で経過観察が必要な異常が認められたので、半年ごとの健診を続けています。
今回は、その経過観察をかねた健康診断です。ところが、別の異常が見つかりました。脾臓にできた小さなデキモノです。
このようなデキモノは、良性かも知れないし、悪性かも知れないし、また、そもそも腫瘍ではないかも知れません。この区別を超音波検査、エコー検査だけですることはできないので、手術で脾臓を摘出して病理検査を行うのが通例です。
脾臓には悪性腫瘍ができることがあります。血腫という、腫瘍ではないものができることもありますが、エコーだけでこれらをはっきりと区別をすることはできません。脾臓は血管が豊富な臓器です。血管が傷つくと、生命の危険を伴うような急変がありえます。
最善策は、できるだけ早く、検査と治療をかねて手術をすることです。飼い主さんは、すぐに手術を決断されました。
このような状況では、手術をどうにかして避けられないかと、他に方法はないのかを問われることがあります。しかし、デキモノの確定診断のためには病理検査が必要です。そのために開腹をすることになりました。
ワンコは、10歳を超えています。次の健康診断の予定は半年後です。それまで待つのは危険性が高いと判断しました。年齢が進むと全身麻酔リスクが高まりますし、脾臓のデキモノも大きくなる可能性が高くなります。せっかくの健康診断の結果を有効活用できずに機を晩することは避けたいものです。
飼い主さんは、これまでも、必要な治療は早くに始めるという方針です。脾臓のデキモノのお話をしたときにも、治療をしたいとのお話でした。超音波検査の結果を聞かされたときには、内心、とても驚き、そして不安だったはずです。脾臓の手術は、全身麻酔で開腹して行い、それなりのリスクがあります。即決は難しいところです。
開腹手術の前にCT検査をして他の異常の有無を確認しつつ、手術の計画を立てます。脾臓のデキモノの中に血液が溜まっていたり、すでに出血があったり、他の組織と癒着をしていたりすることがあり、そのような場合には、脾臓の取り扱いに特に注意しなければなりません。
幸いにして、CT検査では、良性腫瘍の可能性もあるとの結果でした。それでも、経過観察には危険が伴います。デキモノが大きくなるのを待つことにメリットはありません。
麻酔をかけられたワンコは手術台の上に寝かされています。呼吸を補助するチューブが喉に入っていて、心電図の波形も安定しています。お腹の毛を刈って消毒してからメスを入れました。メス!とは言いません。自分で取りますよ。
切開された皮膚は、ところどころでわずかに出血するので、一か所ずつ電気メスで丁寧に止血します。少しの出血なら止血をしない獣医師もいますが、僕は全て止血をする方です。
皮膚の下には、皮下組織というものがあり、脂肪が存在しています。脂肪の層を切開して、その奥に見えてくるのが腹筋です。腹筋には、体の真ん中、縦軸に沿って、血管がない細い帯状の白線というものがあって、そこを切開することで、出血することなくお腹の中にアプローチすることができます。
脾臓があるのは、お腹の左側で胃に近いところです。薄い膜に隠れていることがあります。今回のように、デキモノができていると、お腹の真ん中あたりに見えることが多く、探すこともなく見つかります。
脾臓は、特にデキモノができていると脆いので、取り扱いには十分な注意が必要です。そっとお腹から取り出して、脾臓に繋がる血管を一つ一つ処理していきます。脾臓から切り離さなければならない血管は10本以上です。ここで活躍するのは、超音波メスと呼ばれる手術機器。通常は、血管を1本ずつ糸で括ってから切断します。超音波メスは、ピンセットで血管をつまむような感じで、血管がシールされて切断されるので、とても便利です。
脾臓の血管を全て丁寧に処理して、脾臓を体の中から取り出した後、お腹の中を確認して出血や他の異常がなければ閉腹します。手術は、動物に負担をかける全身麻酔下で行っていますから、無駄な時間がないように、できるだけ迅速に行うのが鉄則です。超音波メスがあると、ない場合に比べて、手術時間を大幅に短縮できます。
手術が終わってからワンコが目覚めるまでの時間は、おおよそ5分以内です。今回も、元気に目を覚ましてくれました。多くのワンコは、目を覚ますとすぐに立ち上がったり、歩き始めたりします。フラフラしていて、しっかりと踏ん張りきれないこともあるのですが、それでも立とうとするので注意しておかなければなりません。怪我をすると大変ですから。
少しだけ入院治療をしてから退院。それから数日後に脾臓の病理検査の結果が届きました。悪性腫瘍でした。しかし、手術を早くにしたことが功を奏し、その後の心配はなさそうです。
健康診断で見つかり、精密検査まで行い、手術まで決断された飼い主さんは素晴らしい判断をされました。
その後も定期検診に来られたり、他の診察で来院されたりしていますが、いずれも動物病院内のこと。今回は、病院ではなく、屋外で、とっても元気に歩いている姿を見ることができました。
お母さんは笑顔で、吐く息が白く、我先へと力強く歩くワンコが朝日に照らされていましたよ。