日本橋動物病院だより

日本橋動物病院だより

オオバン旅立つ

なかなか良い天気が続きませんね。曇り空がどこまでも続いているような気がします。

当院は東京都庁の鳥獣保護区担当から指示を受けて、野鳥の治療を行う施設になっています。
野鳥ですので、許可なく捕まえたり飼育したりすることは鳥獣保護管理法(鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)により禁止されています。東京都を通さずに、当院へ直接連れてこられた場合には、残念ながらお受けすることができません。

今回は、オオバンという鳥が運ばれて来ました。
カモくらいの大きさで、全体が黒く、顔から頭に白い特徴的な羽毛が生えています。

足を怪我しているのは身体検査でわかっていましたが、レントゲン検査をすると激しい骨折であることがわかりました。粉々になった骨をキレイに寄せ集めるのは得策ではありません。生物学的整復と呼ばれる方法が必要です。今回はプレートやピンなどのインプラントではなく、外からの固定だけをしました。

保護した日からオオバンさんは何も食べようとしません。
多くの野鳥は人の手からは食べないことがほとんどですから、保護された段階で、今後の生存が難しいということになります。

それでも、特別に作った栄養いっぱいの飲み物を与えますとチョロチョロと飲んでくれます。
オオバンさんは、通常は水草や小さな昆虫などを食べます。かと言って、葉野菜を与えてみても食べません。水草といってもなかりの種類がありますし、水中に水草があるような水辺の環境を作ることも難しいですし。

栄養ドリンクを飲んでくれても、十分な量ではありませんから体重を維持することはまた困難です。

外固定をした翌日に、再度レントゲン検査で骨折した足の様子を調べてみますと、問題なく固定されていることがわかりました。この骨折が治るには、2か月以上かかります。その間、オオバンさんはヒトの世界で行きていけるだろうか。答えは、「かなり厳しい」です。

足はこのままいけば問題はありません。では、水草があって、仲間の水鳥もいて、できるだけネコに襲われないところに環境を移してあげる必要があります。
ちょうど良い場所を見つけましたので、放鳥することにしました。
放鳥後すぐには食事を取れないかも知れませんから、栄養ドリンクをできるだけたくさん飲ませて、移動用の紙袋に入れて水場に連れて行きました。

オオバンさんは、移動中はおとなしくしてくれていました。
本当に元気になって欲しい。こういう思いは、どのような場合でも同じですね。
水場に到着し、そっと水面に離すと、オオバンさんは怪我をしていない方の足を器用に使いながら水面を滑り始めました。

陸から見ていますと、普通の水鳥です。少し遠くに群れている他の水鳥とほとんど違いがありません。

水に顔をつけて食べ物を探しているように見えます。
その姿を見ながら、しばらくぼーっとしてしまいました。
これが本来の姿なんだね。野鳥にとっては、ヒトの保護下が安心で幸せだなんて到底思えない、そのような気持をまた思い出しました。

このような水場にまた戻せて本当によかったな。本当に。そう思いながら、どこに行くのかしばらく眺めていますと、他の水鳥がたくさん休んでいる対岸近くの水面までたとどり着きました。
他の水鳥のほとんどは鴨です。遠くてはっきりとは見えませんでしたが、オオバンは1羽だけだと思います。

たくさん食べて、できるだけ太って、また渡鳥できるといいね、そう願って離れました。
もっと見守ってあげたくて、少しちょっと感情的になりました。

野鳥には野鳥の幸せがあるはずです。ヒトの保護下で自然界の危険から遠ざかるだけで幸せだと思うのは、この水面を泳ぐオオバンを見ていると、きっと間違いなのだと気付かされます。
ヒトの世界に戻ってくることなく、羽ばたいて欲しいものです。