日本橋動物病院だより

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危機一髪 - ドッグランでの外傷 –

雨が降ると涼しくなりますが、晴れた日はやっぱり猛暑になりますね。
それでも早朝は隅田川に良い風が吹いていました。

昨年は9月になりますと突然に秋めいてきましたから、今年もそうであって欲しいものです。

今朝の川風は、それを期待させるものでした。

先月7月の終わり頃に、2日間だけ留守をしまして、草津で行われた腹腔鏡コースに参加しました。コース内容は、犬で行う腹腔鏡手術の実際のトレーニングです。
導入するかどうかは、まだ検討中ですが、来月9月にはアメリカでの関節鏡手術コースに参加予定です。これらの手技の最大のメリットは、カメラで対象を拡大した画像を見ながらの手術ということだと思っています。9月16日(日)と18日(火)の留守中はご迷惑をおかけいたしますが、代わりの獣医師が診療にあたりますので、どうぞご理解賜りますようお願いいたします。

先日、診療終わりに急患さんがありました。
最近近くに引っ越して来られ、まだかかりつけの動物病院がないという初めての方でした。

ドッグランでお友達と遊んでいるときに怪我をしたようで、口から出血していました。
通常は口の中からの出血のほとんどは、自然に止まるのですが、どうも様子が変でした。
短頭種と呼ばれる、口がとっても大きな子で、ガアガアと興奮するときの呼吸をしています。
そして、かなりの量の出血が続いています。呼吸の様子や出血の程度を考えますと、血液が食道や気管の方へ流れていっている可能性があります。

口の中を見ようとしても、過度な興奮に加えて、まだ続いている多目の出血の影響でうまく見ることができません。
とにかく出血しているところを確認し、止血しなければなりませんので、麻酔をかけてしっかりと確認することにしました。

 血管確保と呼ばれる、静脈への留置針を入れ、麻酔薬をゆっくりと注射しました。
その後で、通常ですとある程度麻酔が効いてきたところで呼吸を補助するチューブを喉に入れるのですが、麻酔がしっかりと効くまでの間に口の中の出血が喉の方に流れ込んでいきます。
まだ麻酔がしっかりと効いていませんから、体も中途半端に動きますし、この犬種特有のガアガアという呼吸によって、口から出る血液でうがいをしているような状態になりました。
とても危険な状態です。

一気に緊迫した状態になりました。
このまま血液が喉から肺の方へ大量に流れ込んでしまったら、おそらく助かることはありません。こちら側も冷静に対処しなければなりませんが、助けられる命を失うことがないように懸命です。

この段階で飼主さんに状況を説明してから、さらに注射麻酔薬の量をわずかに増やして、もう少しだけ麻酔を効かせて呼吸を落ち着かせようと試みました。

これは成功し、吸引器で口と喉の中の血液を吸い取りました。
そこで気管挿管です。出血が続いていますので、吸引機で血液を吸引しながら視野を確保して気管挿管をしますと、喉に入れた気管チューブに血液が入ってきました。
気管の方にもある程度の血液が流れ込んでいることの証です。
気管チューブを通して、吸引カテーテルを気管の中に入れ、気管の方に流れ込んでいる血液をできるだけ吸引し、気道を確保してから出血箇所を確認します。
どれくらいの血液が気管に流れ込んだのか、肺にも入っていっているのかはそのときには確認できませんが、1分1秒を争う場面でした。

気管挿管ができて気管チューブ内の血液もなくなり、呼吸が安定し、酸素飽和度も100%になりました。ここまできますと、あとは少し余裕を持って以降の処置が行えます。

出血箇所は舌の横から裏でした。

浮き出た太めの血管が縦に切れています。
圧迫止血をしながら縫合しました。
縫合自体には時間がかからず、出血がもうないことを確認すると、ゆっくりと麻酔から覚ませてみることにしました。

麻酔から覚めますと、ワンコはまるで何事もなかったかのように元気そうに見えます。

この段階でずっと張り詰めていたものが少しだけ解れました。
麻酔からは完全に覚めた状態で、聴診して呼吸を再確認しますと肺には問題がないことがわかりました。

初めての動物病院で、命の危険を伴う状況の中、来院から1分ほどで即手術となり、そして30分ほどで元気に回復して。

飼い主さんも、さっきまで元気に遊んでいた子が口から出血しているだけでは、そこまで危険な状況だということを想定することは難しかったと思いますが、全てが終わった後の僕の感想としては、来院があと5分遅かったら、そして、処置がスムーズに進まなかったら、元気に帰ることはできなかったのではないかと思います。

偶然から怪我はしましたが、色々な幸運で何事もなかったかのような日常に戻ることができてよかったです。反省としては、こちら側が気持ちにもっと余裕を持って飼い主さんの不安をもっと少なくできればよかったのかなということでしょう。

手術後1週間で再度診察にいらっしゃいましたが、とても元気そうで、飼主さんもあの時とは違う満面のの笑みでしたよ。